土偶土鈴の謎

歴史

土偶のデザインには何か人間の根源的な生命とか力とかを感じます。ハート型とかビーナス型とか祈りのポーズとか、いくつか面白いデザインがありますが、何といっても強烈な印象を与えるのが遮光器土偶でしょう。

青森県の亀ヶ岡遺跡で見つり、重文に指定されたこの土偶は、その大きな目がエスキモーの使う遮光器に似ていることから遮光器土偶と呼ばれてきました。宇宙服のような出で立ちも相まって、土偶界のスーパースターと言える存在です。

先日、いつものようにメルカリで土鈴を探していたら、この遮光器土偶を思わせる土鈴が「土偶土鈴」として出品されているのが目に止まりました。土偶の土鈴はさすがに初めてですぐに購入を決めました。

こちらが送られてきた土鈴。登呂遺跡で購入したものとのこと。

まず最初に浮かんだ疑問はなぜ弥生時代の登呂遺跡で、縄文時代の土偶の土鈴が売られていたかです。しかも縄文の土偶にはまず見たことのない鮮やかな彩色がされています。さらに土器形状の上に人面がありフォルムとしてとても完成されています。

これは現実に存在する土偶のレプリカなのでしょうか?

まずはネット上の文字検索で探してみました。縄文に関する色々なサイトを見ましたがなかなか見つかりません。諦めかけていたら茨城県の稲敷市のサイトでついに類似したイメージを見つけました。市の歴史民俗資料館のHPに「福田貝塚出土の人面装飾付注口土器(複製)」とあります。

どうやら縄文の注口土器の上に人面が付けられたものらしいです。胴体にあたる部分の穴に注口が付いていたらしく、もし上から水を注ぐ口があれば、土偶というより土器だと思われますが写真では良く分かりません。これは美術的観点から見ても縄文時代の遺品として一級のものだと思います。もし注口が欠損してなければ重文クラスでしょう。

ちなみにこちらは青森で発掘された縄文後期の注口土器で重文指定を受けています。(Wikipedia

注口土器 縄文後期

今回入手した土鈴と稲敷市の人面装飾付注口土器を比較すると、土鈴ということを除いても、注口が省略されている、鮮やかな赤色と黒色の彩色があるなどの点が異なりますが、それ以外はそっくりだと言えます。

結論として、今回購入した土鈴は稲敷市の人面装飾付注口土器をベースに、色彩、形状を脚色したお土産用土鈴という結論に至りました。

最初の疑問「なぜ弥生時代の登呂遺跡で縄文時代の土偶の土鈴が売られていたか」についてですが、お土産としては実用的な弥生の物よりメッセージ性のある縄文の方が勝っているから、ということでしょうか。

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