神話の国を旅する(一日目)

4月 10

海外旅行は当面できない情勢なので、ずっと行ってみたかった出雲を旅することにしました。古代に目覚める以前に一度出雲に観光で行ったことはあるのですが、今回は神話と古代史の観点から4日間の旅を思い立ちました。一日目は米子空港に降り立ち、出雲に向かう途中に2つの弥生遺跡を訪れました。

最初は加茂岩倉遺跡。橋をかけたような施設の中に展示スペースがあり、出土された銅鐸のレプリカがいくつか並んでました。ここで1996年に一か所からの出土例としては日本最多となる39個の銅鐸が発見されたのです。

山間部のかなり急峻な尾根の部分にある出土の現場は再現され、周囲もかなり広い地域がきれいに保全されていましたが訪問者は僕以外いません。

貴重な機会だから現地の地図に従い、出土地が見渡せる位置にある展望所まで傾斜地を上がってみることにしました。しかしいくら歩いても展望所につかない。おそらく展望所を作る予定だったが何かの事情で途中で取りやめたものと思われます。

良い運動になったのでまあ良しとして帰ることにしました。車止めも銅鐸なのはなかなか良いアイデアだと思いました。

次は数キロ離れた位置にある荒神谷遺跡に向かいました。こちらは加茂岩倉遺跡の発掘に先立つ1984年になんと358本の銅剣が一挙に発掘され、それまで出雲をたかが神話の世界と軽視していた考古学界に大きな衝撃を与えたのです。比較的大きな博物館が併設されており、出土された銅剣や併せて発掘された銅鐸、銅矛のレプリカが展示されていました。また弥生の竪穴式住居などが屋外に再現されていました。残念ながら出土地自体には工事中のため入れなかったですが、加茂岩倉遺跡とは異なり比較的なだらかな丘陵地に埋められていたようです。

この博物館には売店もあり、地元でしか手に入らないと思われる考古学関係の本がならんでいました。せっかくだから荒神谷と神話に関する本と、古事記と出雲に関する本を買い求めました。

このエリアは池を含む自然豊かな公園となっており、博物館と弥生の住居を観た後に少し散歩してみました。ツクシ、サンシュユ、モクレンなどが見どころでした。

銅鐸と銅剣がなぜ埋められたのか、いつ埋められたのか、様々な説がありますがまだ良くわかっていません。とかく記紀などの文献を軽視する傾向のある考古学の世界ではそうは考えない人が多いのですが、記紀に記された出雲の国譲りに関連する事柄と考えることが最も自然だと個人的には思います。また銅剣が多数埋められた荒神谷は比較的平坦な地形で日常の祭祀の場になりえるため、武器の埋納という形で非征服者が征服者に見せるための象徴的儀式として埋められた可能性を感じました。銅鐸が埋められていた加茂岩倉遺跡はそもそも人が住みやすい地形ではなく、征服者から隠すという意図で埋められた可能性を強く感じました。

自分にとって最も重要なふたつの遺跡を見終えて少し時間があったので、夕方ではありますが宍道湖の西岸に水鳥を見に行くことしました。

時間が悪かったのか、自宅の近くで見られる鴨以外の水鳥はほとんど見れませんでした。かわりにトンビ、ジョウビタキなどが撮影できたので、それで第一日目を終えることにしました。