ノルウェーと日本

ノーベル平和賞が中国の民主活動家の劉暁波氏に授与された。ノルウェーの平和賞委員会は中国の恫喝に屈することなく、敢然として自らが行うべきことを実行した。

ノルウェーの数十倍の経済力を有する日本が中国の暴力的な覇権主義、ヤクザまがいの威嚇にやすやすと膝を屈したことと対照的である。

思えば日本と中国が尖閣問題で緊迫した関係になったとき、歴史的にも現在としても圧力を受け続けてきた中国の周辺国は日本にかすかな希望を見出したに違いない。それを日本はいとも簡単に突き放し、彼らの希望を打ち砕いた。レアアース云々というが、所詮は日本は金のために自ら暴力と威嚇に屈したのである。

なんという情けない国、なんという無責任な政府だろうか。

僕は政権の設立当初から民主党政権を批判してきたのだが、この政権は、「これほど馬鹿な決定はしないだろう」という僕のささやかな期待を常に裏切り続けてきた。

当たり前のことだが、世の中には金より大事なものがある。時には命に変えて守らなければならないものがある。(笑止にも命を守ると言い続けた首相を生み出した)現在の政権がやっていることは、単に若者から老人への所得移転と財政的裏付けのないバラマキだけである。これは実は金で全てを解決するという考え方が生み出したもの、形を変えてはいるが拝金思想そのものである。

このうすっぺらで同時に危険な政権は、我々の心が生み出したことを忘れてはならない。そしてこの政権に替えるべき主体を我々は持っていない。以前ロボットにからんでこのブログで取り上げた米国映画「禁断の惑星」では、イド=潜在意識が生み出した怪物が、潜在意識の持ち主の覚醒と死まで破壊を繰り返す。

ちなみに「禁断の惑星」の物語は、シェイクスピアの「テンペスト」を下敷きに書かれたものである。「テンペスト」では「禁断の惑星」の怪物に相当する妖精が主人公を覚醒させるのだが、果たして我々は自らの心を取り戻すことができるだろうか?

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です