宗教を生み出す本能

「進化論からみたヒトと信仰」という副題からも、進化論的な観点から宗教を分析した書との売り出しである。事実、出だしはユダヤ教、キリスト教、イスラム教という3大一神教がいかに宗教を通じて結束を高め、対抗勢力を排除し、現在のような大きな力を得たのかを解説する。そして宗教は、他勢力との戦闘において一致団結するための「手段」として進化してきたことを論じていく。このあたりは文化人類学よりもクールで進化論的なアプローチだ。進化論的には集団選択が、宗教という形で機能したという論理である。

ただ、だからといって宗教が本能、つまり遺伝子に組み込まれた資質であるかどうかは、なかなか答の出ない難しい問題だと思う。この本でも一貫して強調されるのは宗教という概念的な枠組みよりも、特に戦争等で集団を結束させる心性であり、多面的な性格を持つ宗教という集団的な要素が遺伝的だと明瞭に論証できているわけではない。原題も「The Faith Instinct」であり、宗教が前面に立っているわけではない。

文化人類学的な観点からは、宗教と言語および音楽とはそれぞれどういう関係にあるのかという論点があるのだが、著者は宗教は音楽のたぶん後、そして言語の前に確実に存在したことを論証していく。このあたりは中々面白い。でも僕が何より面白かったのはイスラム教史だ。内部宗派として教義中心と神中心の神学的な論争があり、ある程度踏み込んだ宗教史が存在するキリスト教とは異なり、イスラム教の成立過程は少なくとも内部から明らかにされたことはこれまでほとんどなかった。この本ではイスラム教の成立の事情が客観的な事実から記述されており、特にアラブの予言者としてのムハンマドが存在しなかった可能性にまで言及されていることが興味深かった。

この本は宗教を進化論で論じたというよりも、文化人類学的な観点から人の心性を時間と地域の大きなスケールで考察した本として読みごたえがあった。

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