エネルギー、外交のことなど

最近はブログに政治の話を書かなくなった。ひとつには時事を戯画化することが難しくなったことが挙げられる。これは政治を褒めているわけではなくてその逆、つまり政治があまりに戯画的なので、僕の文章技術ではシニカルにしか表現しえないからだ。

エネルギーや外交について政府は相変わらずおそまつの限りを尽くしているとはいえ、僕はあまり批判する気にはならない。例えば原発の再稼働の問題を民主党が推し進めており、自民党が反対しているという構図だが、もし自民党が政権政党だったら、今の民主党と同じ路線を取るだろうし、維新の会の橋本市長も政権を取れば何もなかったかのように原発推進路線に転換することは断言できる。洗練されたポピュリズムの使い手である橋本市長は、今は批判することが受けると知ってるから原発推進を批判するのであり、それ以上の哲学があるからではない。

メディアや想像力のない人たちは、民主党が政権を取ってから堕落したのだと批判するが、実際は外交やエネルギーというような国家の基本の戦略において、打てる手は最初から限られている。エネルギーは無駄に使うべきではないが、足らなくなるような綱渡りはすべきではない。世の中には病気のため電気の力でかろうじて生命を維持している人達もたくさんいるし、(日本において水のように当たり前だった)エネルギーが不安定になったことが産業に及ぼす影響は計り知れない。ひいては雇用に深刻な影響を及ぼすだろう。雇用の減少が日本の際立って高い自殺率に大きく影響することは間違いない。

僕は今後の原発を積極的には推進しないが(そんなことはもはや無理である)、できる限り現在の原発の稼働率を高めて、次世代のエネルギーへの橋渡しをすべきだいう立場だ。

もちろん日本は民主主義の国である。大多数の人が原発をすぐに全廃するということに合意するのなら、結局それは誰にも止めることが出来ないだろう。だが、それは実際には多くの人の生命との引換えであることは、肝に銘じておくべきである。

・・・結局シニカルな文章ですね。