原発報道とメディア

これは原発事故以降、最も早い段階で書かれたメディア論のひとつだ。

まずなぜ原発の事故が防げなかったかについて、僕はこのブログでも、反対派と推進派の談合的な「空気」の形成について書いたことがある。筆者は反対派と推進派の議論が決して最適解にたどり着けない状況を、ゲーム理論における「囚人のジレンマ」的状況として分析する。実際に起こった状況は「囚人のジレンマ」そのものではないが、それぞれが全体の最適を忘れて自己の利益の最大化を図ったという意味では、結構分かりやすいアナロジーだと思う。

この本では、原発の事故の原因から結果に至る様々な岐路において、メディアがどう機能すべきであったか、という問題を考えていく。原発事故の様々な局面での分析を通してメディア論が展開させれていくのだが、正直僕は一般的なメディア論には興味がない。

僕の興味は例えば、低線量被爆の危険性の問題であり、放射能に過度に反応し被災者に過酷な避難生活を余儀なくさせている現実であり、放射能による風評被害の発信源としてのメディアの責任である。
 
この本の良いところは、原発事故を通してメディアを語るという側面もあるが、メディアというかかわりを通して原発事故を語るという側面に、十分な紙面が割かれていることだ。僕がずっと追いかけている低線量被爆の問題について、著者が的確な見解を持っていることは良く分かる。また風評被害の最大の犠牲者である避難の問題については、ハンセン病を例にとり批判している。

・・・ハンセン病の隔離医療もそれまでの生活を強制的に断ち切って、療養所への移動を求めるものだった。そんな隔離という方法がいかに残酷であるか気づかなかったのは、日常生活を断ち切られるという辛さについて想像できなかったことが大きい。・・・

放射能という絶対悪を糾弾するヒステリックな言説が、メディア空間を支配しようとしている。そのような空気が最終的に被災者を追い詰める前に、この本が新書という読みやすいメディアで出たことは、歓迎すべきことである。

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