プルースト

最近の読書はちょっと現実逃避的傾向が強い。震災の影響というより、無能どころか被災地の足を引っ張っているような政府しか持ち得ない、日本の現実に対してだけど。

僕は現実逃避的な気分になるとフランスものを読むことが多い。今回の本は写真家のブラッサイがマルセル・プルーストについて語ったものだ。もっともブラッサイは主にフランスで作家、ジャーナリストおよび写真の分野で活躍したが、フランス人ではなくてハンガリー人だ。

この本はブラッサイが「失われた時を求めて」とマルセル・プルーストと写真について語ったものだ。この本自体、ちょっと変わった本で色々な読み方ができるのだが、僕としてはプルーストの変人ぶりが一番面白かった。この本を読むとプルーストが写真に異常な愛着を示した人間であり、その著作の創造の源泉が写真であったことが分かる。

とにかくプルーストの写真フリークぶりは際立っており、気になる人を発見すると、あらゆる手を使ってその人のポートレートを入手した。ブラッサイが強調するのは、「時を求めて」が時に指摘されるような映画的な手法ではなく、写真的手法で構成されていることだ。プルーストは無意識的な記憶を探すことを生涯求め続けた人だが、彼はその記憶を写真の中に求め続けた。「時を求めて」もポートレート、現像、ズーム、パースペクティブ、アングル等写真のメタファーで溢れている。

ただ、この本には写真そのものは多くは掲載されていない。ブラッサイはもともと思索者、哲学者であり、その思索の延長線上として写真を撮った。ブラッサイはプルーストの分身であり、記憶だったのだ。ちなみにブラッサイと岡本太郎は親交があったとのこと。