石井淳蔵の「ビジネス・インサイト」岩波新書
池田信男が彼のブログで取り上げていて面白そうだったので読んで見ました。新しいビジネスモデルが生まれるときに働く知のメカニズムを石井淳蔵が考察したもので、その基本となる考えはマイケル・ポランニーの暗黙知の考え方です。
この石井の本でも指摘されていますが、ポランニーの「暗黙知」という概念は日本では文章等に還元することのできない職人的な「知」であるというような教義の解釈がなされていますが、実際は人間のもっと普遍的な思考のあり方を考察したものです。
石井はこの本でいくつか実際に起こったビジネスモデルの発生-例えばヤマト運輸の宅配事業-のケース分析をもとに、新しいビジネスというものが、決して方程式を解くような静的な過程ではないことを明らかにします。それはあらかじめ存在する回答をシャーロックホームズのように洗練された頭脳が解き明かす、というようなものではなく、その背後には明示的でない知の体系が潜んでいるということです。そしてビジネスに登場する人や知識や事物には、常に互いに影響しあい変化していくようなダイナミックな関係性があり、新しいビジネスモデルの誕生にはある種の偶然性さえも作用する。
ひとつにはインターネットの誕生を代表とするように、世界の成り立ち自体がもはや静的なものではないことがあるでしょう。人あるいは社会が直面する問題が決して一意に決まるような単純な世界は既に過去のものであり、我々は「刻々変化する問題」を解決することを迫られています。言い換えれば現代に最も求められていることは、誰かが設定した問題を解決することではなく、意味のある問題そのものを生み出す力なのです。
戦後の教育は答えのある問題を解くというパラダイムの中でだけ行われてきました。その教育システムの頂点に立つ官僚が今大きな批判を受けていますが、いくら脱官僚を形式的に行えたとしても、日本人の静的な問題意識、そしてそれを形作る教育そのものを改革しない限り、日本の将来は暗いと言わざるを得ないでしょう。
何か政治の方に話がずれてしまいましたが、石井淳蔵の「ビジネス・インサイト」は経営学の入門書として良く出来ているし、世界を表現するモデルについて考察する手がかりを含んでいるので、ビジネスと関係なく読んで面白い本だと思いました。
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