パンとワインを巡り神話が巡る

白井隆一郎の「パンとワインを巡り神話が巡る」中公新書

題名から、パンとワインを題材にギリシャ神話をからめて地中海を紀行する、みたいな軽いのりの本かと思って借りましたが、意外に出発点は人間の「殺す人」としての哲学的な考察です。

人類が発生して95%以上の時間は、狩猟時代に属するのであり、その間人は自らの生存を確保し子孫を残すため、動物を殺し続けてきたわけです。その果てしない殺戮を精神と調和させるため、共同体で営まれてきたのが、ホメロスやギリシャの悲喜劇に伝えられる「動物供儀」、つまり共同体の儀式として動物の犠牲を行う行為でした。アイヌの社会で行われたヒグマを殺して神々に送る「イヨマンテ」も同質の儀式です。

その後牧畜と農業を発展させていく人類は、その後も狩猟時代の動物供儀を儀式化して残し続けます。その遠い名残が例えば結婚式のケーキ入刀であり、これが共同体へのイニシエーションであり共食の儀式であることが語られます。

この本はその後、ギリシャ・ローマ神話においてパンとワインがどのように使われ、それらがどのような意味を有するのかを語っていきます。英雄へラクレースも農耕社会の守護神、「食」の英雄として語られるのですが、常に意識されるのが「殺す人」としての人間存在の矛盾、それを物語化する宗教の役割です。

というわけで、死という重いテーマと食という楽しいテーマを絡み合わせてぺダンチックな知識を存分に注入した密度の濃い本でした。地中海のお話なのですが、数箇所に白川静の「字統」他の引用があり、常にアニミスティックな人間存在へ回帰しようとする手法そのものに、白川静への深い傾倒を感じました。

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