生物と無生物のあいだ

福岡伸一の「生物と無生物のあいだ」(講談社現代新書)は、例によってふらっと書店で手に取った本ですが、傑作だと思います。やっぱり自分でお金を出して買った本に、はずれはほとんどないですね。

この本は20世紀最大の発見のひとつであるワトソン・クリックのDNA構造の解明にまつわる様々な物語を、自らの研究者としての経験をおりまぜて記述したものです。筆者がロックフェラー大学やハーバード大学で分子生物学を研究した一流の科学者であるだけに、ノーベル賞を目指そうとする学者たちのありさまがリアルに描かれていて興味深いです。

筆者の考えは動的平衡つまり「生命とは代謝の持続的変化であり、この変化こそが生命の真の姿である」ということに要約されます。人間の体は流れの中にあるように、常に作り変わっているのですね。

この本では、生命の不思議についての多くの知見に満ちています。また、自分の子供時代や米国での研究員時代の回想を断片的に織り交ぜ、とても詩的な雰囲気があります。さらに、あのDNAのらせん構造の解明にまつわる謎解きが盛り込まれており、エンタテイメントとしても文句なしの仕上がりです。以前のブログで生命学者には、教育的な著作がうまい人が多いと書いたことがあるのですが、この人の著作は明らかにそれ以上のレベルに達しています。

僕は以前、「利己的な遺伝子」のリチャード・ドーキンスの理論を男と女の話に仕立て直して雑誌などで活躍している竹内久美子をこのブログでトンデモ本作者と批判しました。ええっと思ったのが、福岡伸一がこの本で、竹内久美子について言及していたことです。

でも、読み進めると彼女がキーツの詩をよく理解しないで引用していることを言っているのでした。さらに『彼女の「理論」はともかくとして・・・』と括弧書きで書いていることを見ると、福岡伸一の竹内久美子に対する評価は明らかです。あからさまな批判を加えるのではなく、キーツと括弧で婉曲にNOと言ったことに、福岡伸一の見識と知性を感じました。

ともかく、知的な冒険を静かに楽しみたいという向きには、最上の本のひとつだと感じました。

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