不比等を操った女

稀代の策謀家、藤原不比等を操った女性がいたとしたらすごいことだ、ということで題名に惹かれて借りてしまった。梅澤恵美子は関裕二の共同研究者ということで名前を知っていたのだが、その著作を読むのは初めてだ。

蘇我氏がこれまで歴史教育で教えられていたことに反して実は改革派であり、中大兄皇子と組んだ中臣鎌足が蘇我氏の専横を打倒するために行ったとされる乙巳の変が、実は単なる権力奪取のための冷酷なテロであったことは、ほぼ常識となりつつある。そして中臣鎌足が育て上げた権謀術数の政治家にして冷酷無比のテロリストが息子の不比等であった。

この歴史認識に加え、この本では、大化の改新以降の時代の流れを天武天皇、蘇我氏、聖徳太子の系列と天智天皇、藤原氏の系列の戦いに見る。このあたりはほとんど関裕二を読んでいるようだ。関裕二の方が推論が入り組んでおり物語的だが、梅澤恵美子のほうはどちらかと言えば論理的に話を進める。とすると関裕二の著作の理論的な骨格の多くは、梅澤恵美子から得たのかもしれない。

県犬養美千代は不比等の妻であり、通説上は鉄の女的な存在として藤原氏を支えた女傑と見なされてきた。これに対して著者は、県犬養美千代が逆らえば死が待っている環境で、子供や一族を守るためにひたすら自己を隠して藤原に仕えたのであり、後年はその贖罪のため、娘の光明子と共に仏教に深く帰依した存在として描き直す。だから題名のように不比等を操ったというより、藤原氏の犠牲者の一人としてけなげに生きた女性としての捉え直しであり、かなり題名に偽りありである。

著者がその考えに至ったのは、法隆寺に納められている橘夫人厨子の阿弥陀三尊像(著者はこれを県犬養美千代の念持仏と見る)の気品のある姿を見てからだという。梅原猛はかつて法隆寺の救世観音に怨霊を見たが、梅澤恵美子は阿弥陀三尊像に贖罪を見たということになる。

仏像には確かに想像力を喚起するものがあるらしい。残念なことに、僕には仏像に隠された歴史を見るような直感は備わっていない。もちろん、そんなことが可能なら歴史学者か文学者になっていますけどね。

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