マルカム・ブラッドベリの「超哲学者マンソンジュ氏」 平凡社ライブラリー
1960年代、知のメッカパリに登場し、ロラン・バルトの薫陶を受け、ポスト・モダニズムの金字塔「文化行為としての性交」を世に問い、忽然と行方をくらました謎の思想家アンリ・マンソンジュの思想と歩みを追った著作である。
著者のマルカム・ブラッドベリは、マンソンジュの思想がバルト以降のダリダ、フーコー、ドゥールーズ、ガタリ等の思想を先取りし、彼らにいかに圧倒的な影響を及ぼしてきたかを語る。マンソンジュはそれらの思想家と直接的、間接的に交流し、現代思想の大きな潮流を築いてきたのである。その天才的な先見性にも関わらず、マンソンジュがこれほど世に知られてないのはなぜか?
もちろんマンソンジュなんて人物は存在しないし、これは全くのパロディである。
マルカム・ブラッドベリはカズオ・イシグロなんかを教えた英国の大学教授で、どうやらコミック小説で結構有名らしい。だがこの小説?のユーモアは、英国的ではなく、むしろ米国のそれである。ユダヤのラビのネタが面白いウディ・アレンとか、抱腹絶倒のコラムニストであるアート・バックウォルドの味わいに近い感じだ。そもそも存在しない人物なので清水義範得意のパスティーシュではないが、かなり似た感覚ではある。
最後の柴田元幸による訳者あとがきも、マンソンジュ不在説を一蹴する、というような論旨で歩調を合わせているところは素晴らしい。ところがである、訳者あとがきの後に、柴田は、「嘘と芸術と超哲学者」という文章を掲載し、実はアンリ・マンソンジュが架空の人物であることをバラしているのである。これは台無しだと言わざるをえない。
あまりに真に迫ったパロディなので、マンソンジュを信じてしまう人が出ることを恐れたのかもしれないが、そんなまぬけな人には、別に信じさせておいても実害があろうはずがない。過去には学問領域でさえソーカル事件などという、痛快かつ真面目なパロディ行為が発生しているのである。
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