高橋敏夫の『ホラー小説でめぐる「現代文学論」』 宝島新書
映画や小説で、ホラーあるいはホラー仕立てのスタイルが人気です。この本は人々がなぜホラーに魅せられるのか、現代におけるホラーの可能性とは何か、というような問題を、現代思想の様々な知見を用いて解き明かすというもくろみです。
この本は現代がなぜ不確実で解決不能性に満ちた時代となったのか、ということを解説します。このような分析はだいたいポストモダン系の言説を積み上げるというスタイルが一般的なのですが、この本はそれを注意深く避けているようです。まあそのスタイルなら世の中には沢山の本が書かれており、この本が新しい可能性を提示することは難しいでしょうから、それは全く正しい戦略でしょう。
そのかわり動員されるのが、エドワード・サイードであり、ロラン・バルトであり、ジジェックであり、劇作家のブレヒトなのですが、ここでは特にサイードの知見が重視される。現代思想に独自の位置を占め、今でも常に参照され続けるサイードなのですが、僕は残念ながら読んだことがないので、今度改めて読んでみたいと思いました。
この本はホラーという狂言回しを用いて現代を語っているため、様々なホラー作品が登場します。でも「現代の様相の根底にあるものは何か」というような議論は良くまとまっているのですが、現代におけるホラー作品の意味、端的に言えば「なぜ現代にホラーが必要とされるのか」、という肝心な議論がそれほど説得力があるようには感じませんでした。
ともあれ、ホラーの解説書としても現代思想の解説書としても、気楽に楽しめる本ではありました。でも解説されるホラー作品に、東海道四谷怪談も怪談牡丹灯篭も参照されないのはちょっと片手落ちと言わざるをえないでしょうね。
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