「おたく」の精神史

11月 23

このブログで紹介している本の多くは図書館で借りています。でも書店に行って面白そうな本、主に新書ですが、を見つけると、やっぱり買ってしまう事も良くあるのです。

大塚英志がいわゆるおたく向け漫画雑誌の編集者および作者として関わった実体験を下に書き下ろした、『「おたく」の精神史』は、ここ数ヶ月で購入した新書の中では、出色の読み物でした。

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大塚英志は80年代から90年代のおたく文化と呼ばれたサブカルチャーのありさまを、徹底的におたく側の視点から分析していきます。大塚は「ポストモダン的解釈という芸当もできることを認めた上で」あえておたく側の見方、論理の枠内からその内部としての歴史を丹念に綴っていきます。宮崎勤、オウム、岡田有紀子、エヴァンゲリオン・・・。その時代のエピソードが、おたくの世界の中でどのような意味を持ち、そしてどういう風におたくの外部に漏れ出していったのかが明らかにされます。

東浩紀は、そのような大塚のテキストを最大限に活用し、しかも対照的にアカデミアとしてのポストモダン的解釈を全面的に施します。現代における大きな物語=歴史の不在がポストモダンの出発点なのですが、東浩紀は「動物化するポストモダン」において、「あらたな現実として、何度でもリセット可能なゲーム的な現実認識を、現代の消費の基本構造として提示します。ポストモダンにあまり価値を見出せない僕ですが、東浩紀の嗅覚と論理には時々なるほどと思ってしまいます。

明らかに大塚英志と東浩紀はセットで読まれるべきものです。というわけで僕は、『「おたく」の精神史』を買ったおかげで、「動物化するポストモダン」を買わざるをえなくなり、当然のように、「動物化するポストモダン2」と題された「ゲーム的リアリズムの誕生」を買ってしまいました。

美しい日本探求のために「急がない読書=図書館の最大限の活用」を標榜している僕としては、明らかな逸脱です。でもね、時間があるときに本屋の近くを通りかかれば、どうしても引き寄せられてしまうのです。

僕のささやかな願いは、図書館の隣に住みたいということです。まだ実現できそうもありませんが。

読書

Posted by artjapan