動かぬ観覧車


職場の近くに東京ドームシティがある。いつもは夜も様々なアトラクションが動いてにぎやかなのだが、あの舞姫というコースターの事故以来、全てのアトラクションは止まったままだ。

ジェットコースターという乗り物は、僕から見ればとても危険な遊びだ。山に登るよりはるかに事故の確率が低いじゃないかと言う人もいるかも知れない。確かに確率だけから見れば、そうだろう。だが、山は自分でリスクを管理できる。十分な経験と勇気があれば、山はそれほど危険とはいえないのだ。山で事故に合うのは、リスク管理を間違った人たちがほとんどなのだ。だが、ジェットコースターはそうではない。誰か知らない人の不注意、あるいはその連鎖で事故は起こってしまうし、もし事故が起こったら、自分の力で逃れることはまずできない。

もちろん、事故を起こした運営会社は厳しく追求されなくてはならないだろう。だが、それもリスクの管理に対する管理体制に対して、具体的なレベルで行われなければ意味がない。ひとつのアトラクションで事故が起こったからといって、全てのアトラクションが危険という訳ではない。ましてや観覧車のリスクは極めて低いはずだ。それを十把一絡げに使用停止にさせるのは、どう見てもリスクというものの考え方を間違えているとしか思えない。

映画「第3の男」の大観覧車の場面で、ハリー・ライムはこうつぶやく。「スイスの同胞愛、そして500年の平和と民主主義はいったい何をもたらした? 鳩時計だよ」 同じように続いた日本の平和ボケがもたらしたのはリスクをゼロにしようとする、あるいはゼロにできるとする危険な思想だ。リスクというものは決してゼロにはできない。我々にできるのはリスクの大きさを正確に評価して、適切な対応をとることだ。

明日、明後日は山の会で八ヶ岳の雪山山行だ。もう3年連続になる。だからといってリスクの管理は決して怠らない。我々はジェットコースターよりも安全だと確信しているのだ。

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