イタリア古寺巡礼

高階秀爾の本で紹介されていて面白そうだったので、「イタリア古寺巡礼」を読みました。この本は哲学者の和辻哲郎が1927年にイタリア旅行したときの家族に宛てた書簡やスケッチなどを1950年に再編集したものです。

高階秀爾によれば、和辻哲郎が「風土」に着目した思想を展開する出発点となった著作ということになります(この本の解説も実は高階が書いていた)。確かに和辻は寺院を中心にイタリア各地を回ってその地の気候、地形や植物などが美術に与えた影響を仔細に考察していきます。そして時には日本との比較を通して、西洋と日本の思想的違いの背景について言及していきます。特に日本とイタリアの雑草の違いについての考察がユニークです。

比較文明論や美術論は高階秀爾に任せておくとして、僕が面白く感じたのは、この本が今でも立派にイタリア美術ガイドあるいは旅行ガイドとして成立するということです。石の文明にとっての80年は、日本のような紙と木の文明の80年とは全く違いますね。例えば80年前の日本の旅行記なら、ほとんど異国の探検記のように楽しめるでしょう(というかそれが僕の楽しみ方ですが)。

逆に、時間を感じさせる興味深い記述もいくつかありました、和辻がモンテカルロのカジノで見たルーレットについて書いているのですが、「真ん中に三十六まで数字を刻んだ大きいこまがあり、その外側に玉のころがる円帯がある。・・・やがて玉がこまのなかに転がり込んで、いずれかの数字の枠の中にはいる。それで勝負がきまるのである。・・・」と事細かに紹介しています。多分当時の日本人でルーレットを見たことのある人など、極めて少数だったのでしょうね。

また、和辻のローマ滞在中にアフガニスタン王がムッソリーニを訪問し、その歓迎のパレードに「アイーダ」の行進曲が使われていたことや、オペラの舞台よりももっと華やかな騎兵隊の行進があったこと、ムッソリーニがパレードの最後に自動車で通っていったことなど、一旅行者の好奇の目で記録しています。

和辻は最後にヴェネチアを訪問するのですが、和辻はそこで風邪が中々直らずに、友人からキニーネをもらって回復し、どうやらボローニャのあたりで蚊に食われてマラリアにかかったらしいと述懐しています。今では考えられないけれど、まだそのような時代だったのですね。

この本は、エリートがエリートとして存在した時代、海外旅行が夢であった時代、遠隔地の情報が限られていた時代の旅行記です。むしろそのような時代背景ゆえ、和辻哲郎が見るもの全てを新鮮な発見として吸収していけたことも多かったのでしょう。

僕のささいな個人的経験でいえば、ナポリの博物館にはポンペイの発掘物が多く収蔵されているのですが、そこでおもいがけずアレキサンダー大王の「イッソスの戦い」(教科書に必ず載っているあのモザイク画です)を見たときに、ローマでもフィレンツェでも感じたことのない程の感動をしたことを覚えています。

インターネットが普及したこの時代に、美術品に新鮮な気持ちで接するということはとても難しいことだと改めて思う次第です。

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