ジャポニスム

馬渕明子の「ジャポニスム・・・幻想の日本」は1997年の刊行です。江戸から明治初頭にかけて日本に魅せられた西洋人が日本について著した本や海外に流出した数多くの美術工芸品は、西洋美術の様々な領域に影響を与え、民間レベルにおいてもセンセーショナルな日本ブームを巻き起こしたわけですが、この本は日本美術のパリにおける印象派への影響とウイーンにおけるクリムトやその周辺への影響をたんねんに整理し直した、というような内容です。

既にモネやゴッホへの影響は語りつくされた感もあるのですが、改めて思ったのは日本美術が与えた影響は、あたかもそれが自らの伝統であったかのように西洋世界に深く根付いており、それがそれまでの西洋美術と全く異なるビジョンや自然観を与えたことが、ほとんど忘れられているということです。

例えばそれまでの西洋美術では単なる動植物を絵画の題材とするということは考えられないことでしたし、遠近法以外の空間表現は想像の枠外にありました。西洋は大いなる驚きと共に日本に彼らの理想郷のひとつを見、それを貪欲に取り入れたのでした。

とはいえ、日本美術そのものがシルクロードや朝鮮半島を経由して渡ってきた異文化との混交の末に醸成されたものなので、その意味では文化としての日本美術の本質が伝わったと言えるとは思います。

この本、比較対照の過程で浮世絵や印象派の作品が多く掲載されているので、おなじみの題材とはいえ、中々楽しく読むことが出来ました。

ただ、いまだ美術史は西洋から見た西洋のための物語であり、西洋を相対化しうる普遍的な価値としての東洋美術にはほど遠いのが現実です。

馬渕明子が後書きで正直に書いていることは、ジャポニズムに正面から取り組む以前は、19世紀後半のヨーロッパの大きな変革の原因を自国の美術に求めるのは、姑息なナショナリズムではないかという後ろめたさがあり、その疑念はオルセー美術館の担当者から論破されるというステップを経ることで、解消されたと言うことなのです。

もう日本の美術史家は、このような卑小なコンプレックスから解消されても良いのではないでしょうか。

この点について、西洋というアカデミズムの枠内でのみ生息する美術史家にそれを求めるというのはそもそも無理なのかもしれませんが、前回取り上げた赤瀬川原平が、「路上観察」という離れ業により、西洋と東洋を普遍的に批判しうるひとつの語法を確立したということだけは確かなことだと思います。

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