風景のことなど

土曜日は山の会で箱根散策に行きました。皆、ハイキング気分だったのですが、大涌谷から冠ケ岳、神山を経て駒ケ岳を周回するコースは、溶岩性の石のせいで歩きづらく、意外にタフでした。富士山は残念ながら見えなかったけど(富士見男早くも失格)、駒ケ岳頂上付近では晴天が待っていました。

駒ケ岳への最後の登り
駒ケ岳への最後の登り

それにしても箱根の自然の豊かさと、外輪山、芦ノ湖、富士山が織り成す景観はすばらしい。

そこではたと気づいたのは、関東って本当にフラットで、九州のようにどこでも山があるところと人と景観のかかわりが本質的に違うということ。極端な言い方をすれば、関東には山が与えてくれる劇的な要素、物語が日常の中から生まれてこない。

関東以外の地方では、生活の中で常に何かしらの山が視界に入り、四季折々の物語を語りかけてくれるのだけど、関東ではそれが期待できない。僕が山歩きをするのは、日常の中で失われた物語を取り戻す営みなのだ。と、例によっておおげさな言い方をしたけど、少なくとも自分自身に関しては当たっていると思います。

たとえば僕が今住んでいるマンションを選んだ理由は、図書館や公共施設が近いとか、いくつかあります。でも、最大の理由は、(意識はされなかったが今思えば)マンションのすぐ近くを流れる石神井川がそこで大きく蛇行し、あまり日常的でない景観を形作っていることではないか。

たぶん、僕は足が動く限りは山歩きを続けるのでしょう。自分自身の物語を絶やさないために。

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