もういちど村上春樹にご用心

読書

内田樹のこの本、どうやら「村上春樹にご用心」という本があって、それに村上春樹に関する最近のコラムを加えて再編集したものらしい。前の本は読んでないので、丁度良いと思って借りてみた。

村上春樹は日本では批評家から散々けなされているらしい。ところが内田樹によれば、村上春樹こそは日本人として世界的な普遍性に達した稀有の作家であるということになる。その文章の秘密を内田は「倍音的エクリチュール」と呼ぶ。倍音、つまり元の音程と異なった天上の、あるいは死の世界の音が聞こえるという。

内田によれば、村上の物語は「コスモロジカルに邪悪なもの」の侵入をセンチネル(歩哨)がチームを組んで食い止めるという神話的構造を持っている。そしてその作家としての系列を、「グレート・ギャツビー」のフィッツジェラルド→「「ロング・グッドバイ」のチャンドラー→「1Q84」の村上春樹と位置づける。

でもこれって、いきなり不条理な状況に投げ込まれたストイックな主人公が、その状況を所与のものと甘受してシニカルな戦いを行うという、人気小説の一番典型的な物語手法を継承したってことでもある。そしてそのスタイルが究極に洗練されたのがハードボイルドというジャンルであり、その最高の存在がレイモンド・チャンドラーその人であった。

だから村上春樹の普遍性をいくら内田が説いても、それはチャンドラーが普遍的であるということ以上のものではないと感じてしまう。僕は、むしろ村上春樹の卓越性は、そのスタイリッシュで現代的な文体と神話的なテーマの絶妙なパッケージングにあると思っている。要するに村上春樹の普遍性は、極限まで洗練を重ねた小説技法、その職人性にあるのではないか。つまり村上春樹は小説界のスティーブ・ジョブズなのだ!

僕は職人的な小説家がその技術ゆえにノーベル賞を獲得するのも、一興だと思っている。でも少なくとも、そのような理由でノーベル賞が授与されないことも確かである。

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