雨の憂鬱

土曜日は蓼科山の予定だったが、雨で中止。先週のおみくじは大吉だったのに・・・。今日といえば台風もさらに近づき、やはり家でゴロゴロしている。

午前中は夜に録画した欧州サッカーの頂点、チャンピオンズリーグの決勝戦を見た。バルセロナの圧倒的な力、メッシの個人技を楽しんだが、どんなに素晴らしいパフォーマンスを見せつけられても、やはりスポーツはリアルタイムでないと本当の感動はない。

図書館に返さなくてはならない岡本太郎の写真集を改めて見直した。岡本太郎は人物として大衆的人気を博したが、すべての作品もその存在と同じようにオープンで分かりやすく、アートとしての防御線がない。でもその作品は、誰にとってもアートとして了解された。

太郎においては大衆的であることとアートであることが、不可分のことだった。


大衆的なイメージとは裏腹に、太郎は当時として考えられる最高の教育を受けた文化人だった。パリ大学に留学し、バタイユの勧めでマルセル・モースに人類学を師事し、パリの芸術家の集まりに出入りした。写真については、マン・レイやブラッサイと交流があった。太郎に写真を教えたのは、マン・レイだったと言われている。

最高の教育を受けたとは言え、写真という行為をひとつとっても、太郎はなにげない日常の中に、神話を見ることができた生来の芸術家だった。、問題は、僕のような普通の人が、いかにして日常に風穴を開けるかということだ。

結局、今日もいつもと同じ日常を過ごしている。どうやら、太郎の助けを借りても、日常を超えることは難しいらしい。

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