時間と自己

木村敏の「時間と自己」 中公新書

この本は精神病理学者の木村敏が、時間とは何かについて考察したものだ。普段は新書なら1日で読むのだが、この本は10日ほどかかった。時間については哲学の中心的な課題の一つで、ハイデッガーもサルトルも有名な考察を行っている。でも正直、僕には全く歯がたたず、僕の理解をはるかに越えた問題だと思っていた。それに時間に関する考察は、いうなれば2次元の住人が3次元を理解するようなもので、いかに天才的な頭脳が考察しても、そこには本質的な不可能性というようなものがあると思う。

木村敏のアプローチというのは、深い哲学的思索をベースにしているにしても、もっと実証的だ。彼の仮説は、世の中に時間の本質を垣間見ることができる存在があるとすれば、それは精神的な障害を持った人たちである、ということである。そして精神病理学上の3つの症状のタイプの人達が発信する僅かな手がかりから、時間の影を執拗に追っていく。日常の生活で知覚される時間というものが、実は文化的な所産であることが次第に明らかになる。その鮮やかな手さばき、論理の積み重ねと見事なレトリックに驚嘆する。

世の中にはかくも鋭敏な頭脳を持った人がいるものだ。

木村敏は、この本で僕に時間の裂け目を見させてくれた。キャンバスを鋭く切り裂いたフォンタナの作品のように。(多分この感想を共有している人は僕だけではないと思う)

残念なことは、この素晴らしい本が図書館の「閉架」に収蔵されていることである。

読書

Posted by artjapan