スティーヴン・D・レヴィット/スティーヴン・J・ダブナーの「ヤバい経済学」 東洋経済新報社
今回の「ヤバい経済学」は天才的な経済学者スティーヴン・D・レヴィット(通称SDL)とジャーナリストのスティーヴン・J・ダブナー(通称SJD)の共著だ。SDLの研究の特徴は普通の学者が絶対に取り上げない通俗的なあるいは刺激的な題材(犯罪とか)を徹底して追求することだ。例えば第1章は、「学校の先生と相撲の力士、どこがおんなじ?」と題されている。冗談のような題材も、読み進めていくと、なるほどというため息に変わってしまう。
経済学は統計理論、ゲーム理論と心理学の適用により、大きな変貌を遂げてきた。心理学は個人を研究対象とした場合、客観性という科学の要件を満たすことができず、科学としては袋小路に入っていったのだが、多数の人々が統計的にどう行動するかという経済学のツールとして再び蘇った。いわゆる行動経済学である。この本ではSJDがSDLの研究を、それまでのどの経済学にもあてはまらない独創的なものとして描いているが、たぶん方法論的には行動経済学が最も近い。ただ研究の対象が、お相撲さんがいかさまをしているか?だったり、クラックの売人はなぜ母親と同居しているか?だったりするだけだ。とても変な問いのように思えるが、実は人を動かす原理を一般的に抽出するのに、最もノイズの少ない問いに変えているのだ。要するに人を動かすインセンティブを定式化しているのだが、SDLの場合、インセンティブの範囲がお金だけでなく、宗教であったり、対人関係であったり、かなり広く捉えている。
この本から教えられることは、ひとは(広義の)インセンティブによって動くという単純な事実だ。といってもSDLは宗教を否定しているわけでも、人間のダークサイドを肯定しているわけでもない、単に統計を極めて冷静にかつ緻密に行った結果述べているに過ぎない。科学者に最も必要な「現実をありのままに見る」という事を、あらゆる予断を排して行っているだけだ。
僕は実はこの「現実をありのままに見る」ことができる資質が、最も求められるのが政治家だと思っている。そうじゃないだろう、政治家にはまず理想が必要だと思われるかもしれない。だけど僕に言わせれば、あらゆる政治的目的は、「現実をありのままに見る」ということができて初めて意味があるものとなるのだ。言いたくはないが、それが最もできてないのが、鳩山首相その人である。普天間の問題などは彼の典型的な例だが、彼の問題ははっきりしている。つまり現実と理想をほとんど区別できないのだ。「命を守る」というような希望を唱えれば何かが起こって、あるいは誰かが助けてくれて、物事が解決すると思っている。
僕は最初の頃は、この人は単に無能なだけだと思っていたが、どうやらそうではない。ある種の詐欺師は自分で自分を欺くことができるらしいが、この人はほとんどそれに近いのではないだろうか。普天間の迷走は鳩山首相が沖縄県民に「国外移設が可能」という偽りの希望を与えたことが最大の問題である。もちろんそれが可能であれば、そうすべきだし、長期的にはむしろ達成されなければならない目的だ。問題は鳩山首相が実施可能な事とそうでないことを弁別しなかった(できなかったではなく、自らを欺くことによって敢えてしなかった)ことにある。
「ヤバい経済学」は、事実を受け入れることができない鳩山首相こそ読むべき本だ。彼がこの本の結論を受け入れるかどうかには、もちろん最大限の?がついてしまう。事実を受け入れられるような人間的資質(勇気と読んでもよい)があれば、あのような失敗は起こすべくもないからだ。
コメント