百年前の私たち

石原千秋の「百年前の私たち」 – 雑書から見る男と女 (講談社現代新書)

石原千秋という人は漱石の研究者らしい。この本は漱石が生きた100年前の日本の雑書を掘り起こすことにより、当時の日本の意識空間を浮かび上がらせようとする試みだ。

石原は様々な雑書に当時の保守的な人権感覚、特に女性への差別意識を見出す。そしてそれらの論理構造、レトリックが現代の本、雑誌にほとんど変わらずに受け継がれていることを明らかにする。

だがそのような成長しない人権感覚のテキスト分析をもって、石原が「百年前の私たち」を描き出せたか、というと全然そんなことはない。旺盛な知識欲、好奇心で欧米のあとを追いかけた日本人のエネルギー、時代の変化というものが石原の意識の枠外に置かれてしまっているからだ。

石原は漱石の研究に伴ない収集した雑書を読み進める内に、現代と通じる意識構造を見て、それをもとにその時代というものを一般的に記述できると考えたらしい。残念ながらその目論見はうまく行っていないし、焦点が拡散してしまっている。

むしろ自身の専門性を全面に出し、漱石とそのテキストの背景に存在した雑書の関係に絞って書いてくれた方が、よほど面白かっただろうと思う。我々が100年前と同じような言語空間にいるという事実の羅列は、特に興味深い話でもないからだ。漱石を敢えて避けた戦略は、残念ながら失敗だったと言わざるを得ない。

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