戦後腹ぺこ時代のシャッター音

やっと図書館で予約していた本を取ってきました。で、やっぱり初めに読んだのが赤瀬川原平なのです。

「戦後腹ぺこ時代のシャッター音」(岩波書店)は、終戦直後に岩波が刊行していた「岩波写真文庫」を、赤瀬川が当時の自身の体験と共に振り返ったものです。

岩波写真文庫は終戦直後の日本の社会を写真という形で切り取り、その切り取られた日本の内実を、赤瀬川が言葉で切り取っていきます。敗戦に打ちひしがれながらも、貧しさにあえぎながらも歩き出した日本人の姿がとても新鮮です。

現代は簡単にきれいな写真が誰にでも取れる時代になったのですが、当時は全てを手動で調節し、それから暗い暗室で面倒な現像を行っていました。当時の写真は暗室という神秘をくぐりぬけた存在であり、それゆえ現在よりもずっと無骨な力強さがありました。

被写体も、全てがブラックボックス化し、不可視かつ取替え可能なものの集合体となってしまった現代とは、全く違っていました。例えば当時の汽車には石炭を炊く構造が、ほとばしる蒸気、黒い煙、躍動するピストン、全てがむき出しで見えていました。そのような重厚で神々しい汽車がになう旅の記憶を、赤瀬川は写真と共に振り返ります。

知らなかったのですが、赤瀬川は子供時代を北九州の門司や大分で過ごしたのですね。赤瀬川が最近門司駅に降り立ったときに、この駅の構内が昔とほとんど変わっていなくて、広い構内にタイル張りの洗面所がずらりと昔のままにあることに感動したことが、書かれています。でもこれは赤瀬川の勘違いで、古いままの駅は実際は門司駅ではなくて、門司港駅です。

僕は北九州出身なので、門司港駅周辺のことは良く分りますが、ここには昔のままの風景が保存されています。それは単に歴史とかレトロとかいう価値ではなく、いくつもの「記憶」が保存されているということなのです。せめてこの駅にだけは「駅ナカ」を作って欲しくないですね。

この本には、汽車以外にも様々な被写体のシャッター音が保存されています。さらに「岩波写真文庫」の復刻も検討されていると書いてありますので、もう出版されているかもしれません。ぜひ見てみたいです。

2件のコメント

  1. デジカメも奥が深い。
    銀塩時代は現像するまでどう撮れてるか分からなかった。
    フィルムも高かったのでそう易々とシャッター押せない。
    一発必中の極意が必要で経験が必要であった。
    現像の時に自分好みに調整し印画紙に焼いていた。
    その苦労に無骨な力強さがにじみでるのでしょうか。
    私は殆どはサービス版でショップ任せで焼いていましたけど。
    コンデジやD40Xはそんな苦労無くそこそこの写真は誰にでも取れます。
    D90になってからそうは行かなくなってまいす。
    微妙な光によるカメラ内での画像処理が微妙です。わけわからん?
    カメラの中で現像(撮った写真の表示)し確認、WB、シャッタースピード、ISO、ピクチャーコントロールなど調整し、もう一度写し直す。これを何回も繰り返す。これが面白いです。
    RAWで撮ってPCのフォトショップなどで好みに調整し現像しJPEGに落とす。
    やってることは銀塩カメラと一緒です。
    ただ、好みの写真を作るのに物凄い時間の短縮と費用が掛からなくなって
    すごく便利になって多少勉強すれば、誰もが写真を楽しめます。
    いい時代です。

  2. なるほど、Mr.Xの写真は、プロセスとしては昔と同様、手が掛かっているのですね。納得です。

    僕の写真は個々の写真で成立しているのではなくて、山歩きの途中で見える対象を、そのときの感覚そのままで写し取り、後で再体験するためのものです。

    だから、一種の組写真であり、Mr.Xのように詩的ではなく、小説的なアプローチだということにしておきます(^・^)

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