芸術立国論

金沢で主に読んでいた本が、平田オリザの「芸術立国論」(集英社新書)でした。

以前金沢の21世紀美術館の館長だった蓑豊が書いた「超・美術館革命」なる本の影響もあって、今回金沢に行ってきたのですが、金沢には21世紀美術館だけでなく、歴史を含めた文化を行政の軸とするポリシーがしっかりしていると感じました。

平田オリザがこの本で主張していることは、端的に言えばこれからの日本は「文化」で食べていくしかないということです。これは全く同感するところです。また平田は芸術を公共性の観点から行政でサポートしていくことを、具体的な形で提案しています。

僕は平田のこのような議論に総論としては賛成で、日本の文化的資産を行政が資金やその他の形でサポートする必要があると思っているのですが、同時代的な「芸術」を果たして日本の行政にサポートさせてうまく行くかというと、それは現実問題として全然そうは思わない。

日本の芸術で良いのは、特権的なサロンで生まれた源氏物語のような宮廷芸術かあるいは浮世絵のように行政と常に対立した形で成立した庶民の娯楽ですよね。将来偉大な芸術家として扱われるであろう手塚治虫も、別に行政のサポートを受けたわけではない。平田も公共性というものは別に行政のみが担うものだとは言っていないし、むしろNPO的立場からこの問題を捉えてはいますが。

蓑豊も平田も共通して主張していることは、日本にも文化省が必要だということです。でも問題は中身ですよね。山のように文化省関連天下り団体が出来たというオチを避けるためには、蓑豊や平田を大臣とすべきでしょうね。このような議論が空想あるいは喜劇でしかないのが、日本の悲劇なのですが。

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