般若心経のこころ

「般若心経のこころ」(プレジデント社)

この本は、梅原猛、瀬戸内寂聴、他、様々な人たちが般若心経について語ったものです。で面白かったのは、梅原猛、瀬戸内寂聴の対談ですね、やっぱり。

瀬戸内寂聴は最近日経新聞日曜版に、彼女がこれまで様々な作家、文化人と交流してきた様を「奇縁まんだら」として連載しているのですが、これが抜群に面白い。ちなみに画は横尾忠則です。出家しても俗世の欲望を捨てきれないところが、魅力になっている。彼女は一言で言えば、出家したミーハーなのですけど、「心経」の対談でも、欲望について議論していて、天下の梅原猛に対して彼が「欲望から逃れた」というのはとうそだと言っている。梅原も「昔ほど悩まんですむようになりました」と言い訳をしているのが面白い。ちなみに二人とも釈迦がさとりの道に入ったのは、欲望ゆえだというところは意見一致しています。

他の人たちの解説は、まあ心経の奥義は深いのだけど、凡人にも分るようにさわりを言えばこんなことだというスタンスです。でも僕は大乗仏教ってご利益あってのしろもの、そんなに深いものであるはずがないと(勝手に)思っています。梅原猛が、「あの世に連れて行くのが仏教、つれて帰るのが神道」だといっているのは、さすがです。宗教が解決する最も大事な問題が「死」であるなら、神道の方が再生にかかわる分だけ日本人の宗教的世界観には貢献しているのですね。

この本には空海や良寛ら、名筆による書の写真が掲載されていて、それも面白かったです。でも心経って、結局声に出して読むべきものですよね。ということであれば、名家による読経のオーディオ・ファイルなんかもあると面白いのですが。

2件のコメント

  1. ご無沙汰(でもないか)です。先日は晩飯に付き合って頂き、
    ありがとうございました。

    それにしても、ついに般若心経に突入ですね。一方、僕は図
    書館で借りた「私の履歴書」-知の越境者- 白川静、中村
    元、梅棹忠夫、梅原猛を読みながら、こんな破滅的というか、
    オタクというか奔放な学者は、現代で評価されるのだろうか
    と悩んでおりました。

  2. SKさん 

     もちろん、日本ではろくな評価はされないでしょう。ですから破滅的な学者って、日本では本当に少ないですよ。アハ体験でおなじみの茂木健一郎がケンブリッジ大学時代の思い出を語っていたけど、ソックスもまともにはけないような尋常でない人がケンブリッジを良くうろついているが、それが著名な学者だったりすることが普通だと。

     そもそも白川静にしろ梅原猛にしろ、本人達は評価なんて気にしてないからそこは良いと思います。ただ、我々の責任として彼らの英知、貢献をどこまで評価できるかという、我々の矜持の問題ですね。

     そこは見事に官僚化した日本のアカデミアにまかせてはいけないと思います。

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