ゴードン・スミスのニッポン仰天日記

リチャード・ゴードン・スミスについては彼が集めた怪談を美しい挿絵とともに掲載した「日本怪談集」を以前、このブログで紹介したことがあるのですが、今回読んだ「ニッポン仰天日記」(小学館)の方が最初に翻訳されたもので、世間的にははるかに有名です。

 ゴードン・スミスは明治時代に日本に2度長期に滞在したイギリス人で、一応大英博物館の依頼を受けて日本の動植物の採集などをやっているのですが、その日記はなんかとてもいいかげんで、狩猟や釣りなどの自分の興味のあることや、日常のごく個人的な生活感情を中心に書き記しており、そういう意味で興味深いところがあります。

写真や絵も、当時の古着屋の店先の様子とか、下駄の歯替え屋の仕事風景とか、野菜売りの姿とか、道端のさらし首とか、子供たちのトンボ取りの様子とか、既に失われた風景が多く出てきます。

日本を訪れた外国人はたいていその特異な文明が、西洋化の進展により失われてしまうであろうことを予見し、憂いているのですが、能天気なゴードン・スミスもその例外ではありません。例えば、鉢を買おうとした彼が見たものはごてごてとした模様付きのものばかりで、そのごてごての装飾付きでないとヨーロッパ人の需要に応えられないからだと言われ、「ヨーロッパ人が10年以上もそんな要求を続けたら、簡素と言う日本の考え方を完全に抹殺し、日本人をとんでもない『芸術的』な国民にしてしまうだろう」と言っています。

残念ながら彼らの予見が正しかったことは、日本の街角の風景に端的に現れていますね。

この本の後半では、日露戦争が勃発します、刻々と変化する戦争状況とその中での人々の生活が興味深いです。その中で、ゴードン・スミスは相変わらずふらふらと彼の興味の赴くまま各地を訪れるのですが、真珠をとる海女を見に鳥羽の登志島を訪れたときに撮った写真がすばらしいです。勢ぞろいした海女たちと男たちの日に焼けた笑顔はまるでギリシャの神々のような美しさを湛えています。

最後に彼は自分が日本政府から動植物の採集の功により旭日勲章(勲四等)を受けたことを光栄のきわみと述べているのですが、彼の日記を読む限り、彼は自分の好きなことをやる片手間に、英国政府のためにだけ動植物を採集したようにしか思えません。

でも彼が書き記した日記は、失われた美しい日本の断片を確実に残してくれています。

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