国家の品格

最近読んだ本:
「国家の品格」/藤原正彦(新潮社)
「密教と呪術が動かした日本史」/武光誠(リイド文庫)

最近メディアで有名となった「国家の品格」の藤原正彦が、NHKの新日曜美術館でゲストとして出たのを見たのですが、数学者の美への意識が芸術と共通するという主張が面白くて、その評判の本を連休中に読んでみました。

ナショナリストによる天下の暴論と捉える向きもあるようですが、藤原正彦の日本芸術に対する評価に関しては少なくとも全く同感で、よくぞ言ってくれましたという感じです。

数学と芸術には美という面での共通点があるという論点は、著名な数学者である藤原正彦にして初めて可能な主張かもしれませんが、ある程度の感受性と芸術への親しみがあれば、僕のような凡人でも日本が生み出してきた芸術が世界において卓越している、という客観的な認識には到達して当然、いや到達せざるを得ないと思います。そうでないとすれば、全くメディアや教育が悪いとしか言いようがない。

藤原正彦は更に日本におけるエリートの復権を謳っており、このような主張がまたゆとり教育を賛美したような寝ぼけたメディア人たちの反感を買うのでしょうが、非エリートの純血種たる僕から見ても、日本を主導していくべき政治、財界、学会における古典的教養の喪失は目を覆うばかりです。

いったい日本の記紀、琳派、浮世絵のひとつさえ語れないのに、(その破綻から現代芸術のいくつかの道筋が生まれたことは事実だが)はっきり言って破綻した芸術活動のひとつでしかない印象派について嬉々として語る日本人のなんと多いことか。(だんだん藤原正彦のように主張がナショナリスティックになってきた・・・)

例えば、浮世絵と印象派のどちらが文明に対して大きな物語を語ったかと言えば、それはもう明らかに浮世絵です。環境問題で存続の危機に瀕しているこの文明が、最後の拠り所とするのが自然との調和という理念ならば、浮世絵はそれを三百年前から示し続けてきたのですから。

芸術の価値はこの数世紀で大きく変わりました。既に絵画技法をめぐる一連の物語は(絵画の市場価格とは別に)その賞味期限を過ぎています。印象派からフォービズム、キュービズム等の現在絵画につながる流れが生じたことなど、自然との邂逅という人類の希求の課題への手がかりを与えてくれる浮世絵の予言性に比べれば、はるかに小さなことだと思うのです。

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