法隆寺の謎を解く

9月 15

最近読んだ本:
・「法隆寺の謎を解く」/竹澤秀一(ちくま新書)
・「図説 遠野物語の世界」/石井 正己(河出書房新社)

「法隆寺の謎を解く」は、法隆寺を建築学的な観点と、仏教の源流としてのインドの影響の観点から読み解く試みです。また、僕がそもそも古代史に興味を持つようになったきっかけである、梅原猛の「隠された十字架」で提示された仮説「法隆寺は聖徳太子一族の怨霊を封じ込めるために建てられた」に対する挑戦の書でもあります。

法隆寺は文献上も、また発掘で明らかなように火災に見舞われており、現在のものは再建であることは明らかです。これまで、法隆寺は火災の後、(かって再建説と激論が交わされたされた非再建説は別として)敷地が重なる形で再建されたということがいわば常識だったのですが、竹澤秀一の新しいところは、再建は火災と関係なく別の意図の下に実施されたのではないか、と推理したところです。

天皇家が当時天皇家と対立する関係にあった聖徳太子一族が皆殺しにされた記憶を消し去り、厩戸=聖徳太子の名声を利用してそれを普遍的な仏教信仰へと昇華させることにより、逆に天皇家の権威をゆるぎないものにする。そのために、聖徳太子一族の私寺であった法隆寺が、公的な寺として再建されたのではないか?

竹澤秀一の法隆寺の回廊や伽藍の配置に関する分析はさすがに建築学者ならではのものがあります。またインドを旅して仏教の源流を探った経験のある筆者は、法隆寺の建築にインド仏教の直接の影響を見ています。

梅原猛が作者論的に法隆寺の中へ、中へと入っていくのに対し、竹澤秀一はアジアとのかかわりというコンテキストの中で、法隆寺の外部空間にその本質を見ようとしています。

竹澤秀一の議論はおだやかで、かつ理性的です。法隆寺の伽藍の配置に関する分析も十分説得力があるものです。でも、正直言ってその最後の結論は、どこか中途半端に終わっている感じがします。

それは多分、彼が法隆寺に仏教の世界宗教としての側面を見たが、怨霊に支配される日本の基層的宗教観の影響を見なかったことにあると思います。それは、梅原猛がその法隆寺論でもうひとつの論点とした、あの恐ろしげな(と僕には感じる)容貌をした救世観音に触れてないことからも明らかです。

中門の柱が怨霊の封じ込めのためであったかどうかは、議論の余地がたぶんにあると思います。しかし、中門の柱や救世観音において梅原猛が直感した寺の内部に漂う不気味な気配こそは、法隆寺の謎と深く関わるものだという点について、僕は疑いを持っていないのです。

歴史,読書

Posted by artjapan