龍と十字架の道

読書

前回で軍艦が出てきましたが、今回は蒸気船のお話。

ジョージ・R・R・マーティンが1982年に発表した「フィーバードリーム」は、南北戦争前夜の
南部を舞台にした小説です。ミズーリ川やミシシッピー川を旅する豪華なフィーバードリーム号という蒸気船が、ニューオーリンズをはじめとする交易都市を巡る間に、さまざまな登場人物達、奴隷、クレオール(フランスとの4分の1混血)、農園主、美女が立ち現れ、その中である一族の運命をかけた戦いが繰り広げられる・・・というストーリーです。

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時代と舞台はあの「風と共に去りぬ」とほとんど重なるのですが、この小説では特に、ニューオーリンズ周辺のフランス系移民とアメリカ系移民の対立、奴隷市場の売買の様子、蒸気船の競争など、当時の風俗が鮮やかな筆さばきで描写されます。

僕はこの長編が、合衆国の揺籃期の叙事詩として見ても、すばらしい完成度にあると思います。残念なのが、この作品はある一族の意外な秘密を大きな伏線として用意しているのですが、この作品はその仕掛けがなくても、というより、もしなかったとしたら、米国文学上、最高級の評価を受けていただろうということです。(むかしから、SFや冒険小説の類は、実際に有する文学性よりも不当に低く評価されてきましたね)

僕がこれまで読んだ短編の中で最も好きな「龍と十字架の道」という作品をご紹介しましょう。マーティンはこの短編が入っている「サンドキングズ」という短編集でヒューゴー賞を受賞しますが、その卓越した語り口で、読者を冒頭から物語に引き込んで行きます。

「異端がある」
彼がわたしに言った。プールの塩水がかすかに揺れた。
「またですか?」わたしはうんざりとして言った。「最近はずいぶん増えてきましたね」
騎士分団長はその言葉に不快な顔をした。彼は重々しく位置を変え、プールの四方にさざなみを起こした。縁にあたって波は砕け、対面室のタイルの上を水がザッと流れた。わたしのブーツはまたずぶぬれになった。わたしは冷静に超越した心でその事実を受け入れた。

いまや様々な星で信仰されるようになったキリスト教の騎士団審問官である主人公は、ある星で発生した異端(キリストではなく、ユダを信仰する)を根絶するためその星へ向かいます。しかしその旅の途中で読んだ異端の教義、「龍と十字架の道」に次第に引かれていくのです。

「絵もすばらしいわ」
アーラが言い、「龍と十字架の道」をパラパラとめくって、ある印象的な絵のところで止まった。龍の死体にすがって泣くユダだろう、とわたしは思った。彼女もやはりその絵に感銘を受けたのを知って、わたしは微笑を浮かべた。それから眉をひそめた。前方に待つ困難にうすうす気づいたのは、それが最初だった。

マーティンの語りのうまさはほとんど比類がありません。物語では、異端の主導者から信仰の揺らぎを看破される主人公の姿が描かれます。

「これから真実を申し上げよう」彼はまるで歌うようなおかしな口調で言った。「私は嘘つきなのだ。」
・・・「きみの絶望を感じ取っているぞ、ダミアン・ハーヴェリス。うつろな聖職者よ。きみは実に多くの疑問を口にしてきた、心が病み、疲れ、信じられなくなっている。仲間に入りたまえ、ダミアン。きみはずっと昔から嘘つきだったのだ」

キリスト教から、芸術の支配する惑星にふさわしい新しい教義を作り出した異端の宗教者から、仲間に入るよう誘惑されるが、最後に拒絶し、異端を壊滅に導く主人公。しかし既に真実に対する盲目的な信仰以外、なんの信仰もないという思いを胸に、その星を去ることになります。

最後に作者は主人公に、作者の宗教観(に違いないと思う)を語らせます。

「いずれ真実がわれわれを自由にしてくれるだろう。しかし、自由は冷たく、うつろで、人をおびえさせる。嘘はしばしば暖かく、美しい」

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